[発行]講談社(2021年11月25日)
洋食屋の見習い藤丸陽太は大学で植物の研究に没頭する大学院生の本村紗英に恋をする。本村は恋愛に興味がないが、植物に恋をしているのであろう。それをわかった上で藤丸は接するが、その人柄や料理への情熱に触れ、徐々に藤丸に共感するようになる。個性あるれる登場人物に翻弄されながら、二人の関係はどうなるのか。
頑固で昔気質な洋食店の店主の円谷の下で修行中の藤丸は、客として来店した大学院生の本村との恋愛を描いた作品なのだが、早い段階で藤丸は振られてしまう。それでも二人の関係は微妙な距離感で良き友人のように接する関係なのだが、お互いに料理と植物というテーママ違っても「知りたい」という探究心は共通しており、いつしかお互いに尊敬し合っていく。本書”上巻”では二人がそ気持ちに気づいていないようにも感じるが、藤丸の実直さや誠実さに本村が惹かれていることは感じられる。藤丸は感覚・直感で行動するタイプであり、自分の気持ちをストレートに表現するが、本村は理由・根拠を大事にするタイプである。一見すると相反するようにも見えるが、藤丸の素直な性格が本村の新たな気づきになり、本村の探究心が藤丸の料理への情熱を一掃掻き立てている。ありがちな店員と客という関係の中で、より深いところで気持ちがつながっていく様子がとても興味深く読み進めることができた。
登場人物も個性的で特徴的である。洋食屋の店主である円谷正一は、破天荒な性格で藤丸への当たりは強いが、料理の腕前は一流で情にあふれている。一方でとても冷静だと感じる点もある。飲食店として大学の研究者との接し方や自転車での出前など、経営に影響のない範囲で藤丸の教育をしているのである。料理人としての実力は基より、経営者としても評価できるのではないだろうか。(これは評価が別れるかもしれないが)最も個人経営者としての私の見解である。
もう一人のキーマンは研究室の教授である松田賢三郎である。藤丸が”殺し屋”と表現するように、雰囲気や行動は闇に包まれているが、自身の身の回りについては無頓着である。自己管理ができないのは演技なのではないかと思わせるぐらい”天然”な部分もある。藤丸と本村の気持ちや研究成果など、何もかもわかった上で行動しているように感じられ、物語のもう一人の主役であろう。
植物を研究することは長い時間が必要であり目に見えた成果があるわけではないだろう。しかし本書では感情がない植物を題材に、感情で行動する人間との接点や相違点を登場人物それぞれが自身と置き換えて考え、生きること・繁殖することの意味を考えさせる内容となっている。下巻では藤丸と本村の関係だけでなく、松田の正体(?)も気になるところである。
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