[発行]講談社(2016年8月26日)
獣医として働いていた伯朗のもとに、長年連絡をとっていない異父弟の明人の妻を名乗る女性から連絡があった。そこで明人の失踪と父・康治の危篤を知る。明人は失踪の理由はなにか・・・謎に包まれたミステリーが解き明かされる。
■あらすじ
伯朗は幼い頃、画家だった父・手島一清を病気で亡くしたが、数年後に母・禎子が資産家の矢神康治と再婚し、九歳離れた明人が生まれ、矢神家の跡取りとして扱われていた。そんな環境から逃げるように大学進学で家を出ると手島性を名乗るようになる。そんな中、禎子が実家の小泉家で事故死してしまう。獣医となって伯朗のもとに、明人と結婚したという楓から連絡があり、明人の失踪と康治の危篤を知らされる。矢神家と長年連絡をとっていなかったが、明人の結婚も矢神家は知らないこともあり、楓の紹介も兼ねて康治の見舞いに行くことになる。そこでは康治の妹・波恵が看病していたが、今後のことについて親族会へ伯朗と楓は出席することとなる。親族会では複雑な矢神家の親族がそれぞれの思惑がある中、楓は明人の意思を告げ、親族を驚かせる。一方の伯朗は禎子の遺品を持ち帰り、過去の忌まわしい記憶と康治との関係を振り返るのだった。伯朗は楓とともに親族とのやりとりをする中で、次第にその魅力に惹かれていく。ある日、禎子の妹・順子と遺品を確認していると、小泉の実家は伯朗にも所有権があるのではないかとの話になる。小泉の実家は禎子の死後、解体され更地になったと聞いていたが、現存しておりその事実を康治と明人が隠していたことが判明する。小泉家にはアルバムも保管されていた。その写真をキッカケに一清・康治・禎子の関係が明らかとなる。親族からの情報では、禎子が康治から何か”大切な物”をもらっていることがわかるが、康治は病床で話すことができない。この親族の過去に何があるのか、大切なものとは・・・
■感想
読み終えて、個性的な登場人物が多きことが印象的であった。大きな財産を持つ矢神家を中心にストーリーは展開するが、よくある遺産相続のドロドロした人間関係や争いなどもあるが、あくまでサブストーリーである。遺産を巡るそれぞれの登場人物は、全体のき立て役として謎をより深くし、面白みを増幅させている。キーマンである明人はメインストーリーでは登場しないこともあり、代わって楓が登場するが楓の積極的すぎる行動や明人の存在が見えないことから、読み進める中で楓が遺産目的に取り入っているのではないかと疑ったほどである。(これ以上はネタバレになるので差し控える)
伯朗は行動を共にする楓に惹かれていくのだが、子供の頃から良い印象のなかった勇磨が現れ、楓に接近することに激しく嫉妬する。楓は明人の妻であり近づいてくる勇磨はもちろんだが、伯朗も自分の気持ちと葛藤する。作中でも”中学生のような”という感情の捉え方で表現されているが、幾つになっても純粋な気持ちは誰にでもあるが、現実では理性や恥ずかしさで行動できないものだが、感情のままに行動する伯朗の普段の獣医として冷静な一面とのギャップに人間臭さが伝わってくる。自分ではできないからこそ応援したくなるのだが、最後に楓や勇磨の関係を知った時、読者は若干恥ずかしさを覚えるかもしれない。楓以外にも伯朗が務める動物病院の受付である蔭山元美の存在も見逃せない。クールビューティーというイメージがぴったりの彼女だが、伯朗の心情を伯朗よりもわかっている。時には気を使い、時にはズバリ指摘し、時には厳しく注意する。元美存在がなければ伯朗もちょっと違った行動をしたのではないだろうか。
本作では「2つのお宝」を中心に、禎子の死の謎を解いてゆく。謎の確信に迫る場面では、伯朗の気づきやタイミングなど、少々強引に解決につながる部分もあり、もう少し丁寧な展開の方が現実的なのではないかと思う。また謎が解かれた時の驚きと、伯朗のモヤモヤ感があるが、関係する様々な”ビーナス”のおかげで、最後にはスッキリすることだろう。
全体を通じて伯朗の人間性に引き込まれる作品であり、長編であるが最後まで読み進めることができる。登場人物が多く展開も早いので、多少混乱するが誰でも楽しめる作品だと感じた。最後に伯朗の周りで様々な女性が登場するが、駆け引きも上手く全てを見透かして(わかっている)おり、一見、男に主導権があるようだが、結果として振り回されている。本作はフィクションだが、現実世界でも女性は皆”危険なビーナス”だと改めて思う。男性諸君は是非読んでほしい。
0 件のコメント:
コメントを投稿