本のある生活~良書との出会い~: 「書評」AX(アックス)/伊坂幸太郎

2021年6月30日水曜日

「書評」AX(アックス)/伊坂幸太郎

AX(アックス)/伊坂幸太郎
[著書]AX(アックス)

[著者]伊坂幸太郎

[発行]角川文庫(2017年7月28日)

文房具メーカーに勤める「兜」は、一流の殺し屋である。常に冷静沈着に仕事をするのであるが、家庭では常に気を使い、緊張した毎日を過ごしている。一方で殺し屋の仕事から足を洗いたい兜に様々な刺客が襲いかかってくる。

■あらすじ

兜(三宅)は妻と息子(克巳)がいる普通のサラリーマンだが、それは表のカモフラージュであり、もう一つの顔は一目置かれる業者(殺し屋)だった。ある日、仲介の医師から爆弾事件を企てている人物の殺害を依頼され実行するが、その男が持っていた携帯電話をキッカケに克巳の高校に赴任してきた女性教師もその仲間だった。

相変わらず妻に気を使いながら暮らしていたある日、2つの殺人案件があった。一つは、あるグループから抜け出そうとする男を殺害すること、もう一つは、その男から自分が死んだことにするため死体を用意して欲しいとの依頼であった。ボリダリングジムで知り合った松田は兜と家庭の境遇が似ており意気投合する。ある日、飲みに行く途中で刃物を持った通魔に襲われたが、ひょんなことから松田が通魔を殺害してしまう。兜はその死体を殺害案件の死体に利用することを思いつく。

営業で出入りしている会社の警備員だった奈野村と会話を交わす仲となった兜は、ある日、奈野村から夜の警備の仕事を息子が見学したいと行っているが、それは悪い友人から脅されているからだと相談される。奈野村はその友人の行動をチェックして欲しいと兜に頼み、後を付けるが、そこで自動販売のスタッフの死体が見つかる。しかもこのスタッフは拳銃を持っていた。これをキッカケに奈野村と対峙することとなるが、この奈野村も業者の一人だった。この出会いが兜の人生を大きく変えて行くことになる。


■感想

初めに思うのは主人公である兜のギャップだろう。妻に気を使う夫と殺し屋という二面性を、それぞれに極端に描くこと(妻に頭が上がらない夫、腕の立つ殺し屋)で、別の人物・物語が進行している感覚を思えた。そのギャップを繋いでいるのが、息子の克巳である。序盤では父を頼りなく感じているが、成長と共に徐々に父に共感していく姿が親子の絆を感じさせている。作中での兜は家族への強い愛情が感じられる。殺し屋という仕事を辞めたい理由もそこにあるのだが、これまで自身が殺めてきた者にも親や友人がいたであろうことを思えば、幸せな家庭を望むことそのものが罪なのではないかと葛藤する。そういった様々な思いや感情が幅広く、読者も飽きることなく読み進めることができる。

主人公の設定が”殺し屋”であることから、非現実的な状況が多く実感がわかない部分もあるが、兜の強さや冷静さがヒーロー的な要素となり、その(殺しの)仕事でさえもアクションシーンのように感じることができた。少し残念なのは、複数の仕事が描かれているが、登場してくるターゲットやその案件の顛末が気になってしまう。例えば序盤で描かれた爆弾事件のターゲットの仲間が克巳の学校に潜入していることや、中盤での2つの殺人案件の結末など、もう少し詳しい描写が欲しいと感じた。

終盤には奈野村との対決や、その後にわかる本当の敵を倒すストーリー展開となるが、周りは敵だらけで信じられるのは自分だけという状況のなかで、家族のことを一番に思う兜は人としての強さがあるのだろう。兜自身は家族のために殺し屋をやめようとしたが、一流として続けられたのもまた、家族がいたからなのではないか。ターゲットとなる者は何かしら罪を犯している。そういう者への制裁や次の被害者を出さないためにと自身に言い聞かせていたのだろう。それは兜が常に思っていた「フェアじゃないこと」に対する嫌悪感が物語っている。

冒頭でも述べたが、本作の面白さは、家庭での姿と優秀な殺し屋という設定のギャップである。それぞれが異なるストーリー性があり、個別の小説でも面白いと思うが、そのギャップを一つの物語として描くところが引き込まれるポイントだった。物騒な設定であり、時折、奇跡的な偶然もあるが、十分に楽しめる作品である。最後に、本作の真の強者は兜の妻だと思う。妻を持つ夫は、自身に照らして読んでみて欲しい。きっと共感できるはずである。お父さんガンバレ!

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