[発行]東京創元社(2019年8月30日)
家内更紗と佐伯文はお互いに秘密を抱えていた。そんな2人が一緒にいることで事件は起こる。恋愛感情を超えて求め合う2人はどうなってしまうのか。
■あらすじ
家内更紗は両親と幸せに暮らしていたが、父親の死や母親の失踪で、両親と暮らせなくなった更紗は伯母さんの家に引き取られる。ある出来事をキッカケに自分を押し殺して生活をしていたが、もう限界だった。どうしても伯母さんの家に帰りたくない更紗は、大学生の佐伯文の家で生活するようになる。文との生活は楽しかったが、小児性愛者の少女誘拐事件として処理され、文は加害者、更紗は被害者となる。時が経ち、24歳となった更紗は文と再会する。更紗は彼氏からDVを受けており、逃げるように文の隣室に引っ越してきた。ある時、職場の同僚の少女(梨花)を預かることになる。帰って来ない梨花の母親を尻目に、文と更紗で面倒を見ることとなるが、小児性愛者とその被害者と少女という関係がキッカケとなり、過去の事件が蘇る。そして更紗も知らなかった文の秘密が明らかとなる。
■感想
法的な罪を償っても、犯した過ちは永遠に残り続ける。生きている限り付きまとう十字架は、二次的な制裁である。人は情報を知りたいという欲がある。それ自体は当然であるが、真実かどうか判断できなければ加害者にもなり得る。そういう部分を読者に訴えている作品だと感じた。更紗は幼少期の経験から心に傷を負い、文は自身の秘密に悩み、お互いが抱えている傷を癒すことができる相手だったのだろう。決して消えることのない傷だがそれがより強い絆として描かれている。作中では文は異常な加害者、更紗は可哀想な被害者であり、事件やその後の数奇な人生は世間では格好のネタになってしまう。いくらでも弁解できたと思うのだが、あえて2人は非もあることから何も言わずに周りの意見を受け入れている。読者に世間の視点と主人公の視点を同時に表現し、幅広い見方ができるように構成されているところが面白い。
作中に登場する更紗の同僚の安西は、良くも悪くも影のキーマンである。安西は親としては疑問があるが、決して悪い人ではない。結果として過去の事件が浮き彫りになり大きな事件になるのだが、それでも変わりなく更紗と接しているのは本人が一番人生を楽しんでいるのだと思う。自身の思うままに生きているのだが、娘である梨花はそういう環境でもしっかり成長している。この親子関係や人間味溢れる描写も見どころである。
終盤には全ての秘密が明かされ、ネットで誹謗中傷や擁護のコメントが相次ぐが、更紗と文はそれを願っていたのではないか。そうなれば何もかも楽になれると思っただろう。素性が分かれば転々とする生活すら楽しんでいるのがせめてもの救いである。
本作は、ネット社会における現実と課題を的確に捉えた作品である。ネットの情報が真実とは限らない。それを見極め活用する力が求められる。更紗と文もこんな時代でなければ、普通の生活を送れたのかもしれない。最後に、作中には描かれていないが、そもそもの原因(だと私は思うが)を作った、従兄弟の孝弘は罰を受けたと勝手に解釈している。
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