本のある生活~良書との出会い~: 「書評」そして、バトンは渡された/瀬尾まいこ

2020年12月12日土曜日

「書評」そして、バトンは渡された/瀬尾まいこ

そして、バトンは渡された

[書籍]そして、バトンは渡された

[著者]瀬尾まいこ

[発行]文春文庫(2018年2月22日)

「全然不幸ではないのだ」で始まる本書は、主人公の優子が”複数の親”に育てられる物語である。そういう複雑な環境であれば”不幸”と感じても不思議ではないが、そうではない。大人の事情に振り回されつつも、深い家族愛を描いた物語である。

■あらすじ

優子は実父(水戸秀平)と暮らしていたが、母親はいなかった。そのことについて父からは「遠くにいるから」と聞かされていた。小学二年生になった時、母が交通事故で亡くなったことを知らされる。その後、三年生になる直前に父が”田中梨花”と再婚する。三人での暮らしは楽しい日々だったが、五年生になると父がブラジル転勤を機に離婚し、優子は梨花と共に日本に残ることを決意する。小学校卒業の時、梨花は「ピアノをお祝いにする」と言って、不動産会社社長の「泉ケ原茂雄」と結婚し、大きなピアノがある家に引っ越すことになる。不自由のない生活ではあったが、何か堅苦しい毎日の中でピアノを弾くときは平穏でいられる時間だった。しかし、自由を求める梨花はそんな生活に耐えられず、離婚して出て行ってしまうが、頻繁に優子のもと(泉ケ原家)に出入りする。そんな梨花を泉ケ原茂雄は何も言わず見守っていた。中学を卒業した春休みに梨花が再婚(三度目)したので優子を引き取りたいと申し出る。それを泉ケ原茂雄は「わかった」と承諾する。優子は「もう決まっているんでしょう」と言って、泉ケ原の家を離れるのであった。そのあと梨花が再婚したのが三人目の父親となる「森宮壮介」だった。森宮壮介は東大卒のエリートだが、物腰がやわらかく腰も低いちょっと変わった人だった。三人が暮らし始めて2か月で梨花は「探さないでください」と置手紙をして出て行った。泉ケ原との時のように顔を見せることもなかった。それからしばらくして「再婚するので、早急に手続きしてください」と離婚届が送られてくる。まだ15歳の優子は不安になるが、森宮壮介は「離婚届を出したら、結婚相手の子供じゃなく、正真正銘の父親になれる」といって喜んでいた。優子は”お父さん”と呼べないまでも、”森宮優子”であることを嬉しく思うのであった。優子も大人になり結婚することになる。これまで育ててくれた親たちに結婚を報告することを決める。それぞれの親に再会し自分がどれだけ大事にされてきたかを改めて感じるのであった。


■感想

親が5人も入れ替わる状況を”バトン”という表現で表している。読み終えて”バトン”という言葉がしっくりくると感じた。バトンは相手につないでこそ意味がある。落としてもダメだし変わりのバトンではつなぐ意味がない。本書はそれぞれの親が優子に対する接し方や生活環境は違えど「愛」というバトンをつないでいる。ハチャメチャな親も登場するが、全てが”優子のために”行動しているのである。ピアノを与えるために裕福な人と結婚したり、自分が育てられないと思えば任せられる人と結婚したり、自分のしたいことを我慢し、生活の全てを優子を中心に考えている。愛情の深さを表しているのだと思うが、血のつながった親子でも、ここまでの行動はできないと思うし、まして、血のつながった親からの連絡を故意に子供に知らせないなど、返って子供のためではなく自分勝手な行動・偏った愛情ではないかと感じる部分もあった。実の父とはブラジルへの2年間の転勤のために引き裂かれたが、2年後には帰国しており、優子とは会うことなく再婚している点も腑に落ちない。ストーリーとしては特殊な環境で素直に成長する優子を応援したくなる内容で十分楽しめるのだが、客観的に観ると非現実的な部分もあるのが残念な点である。

私が一番注目したのは「お父さん」という言葉である。優子は実父はお父さんと呼んでいるが、その後の父親は”さん付け”で呼んでいる。急に親が変わって「お父さん」と呼ぶことは難しいと思うが、実父以外の「泉ケ原茂雄」「森宮壮介」は口には出さないが「お父さん」と呼ばれることを待っていたと思う。それがわかるエピソードは、優子の婚約者(早瀬賢人)が結婚の挨拶に来た時、森宮壮介は「お父さんと呼ばれる筋合いはない」と言うが、早瀬は「僕は自分の父のことは親父と呼んでいます。だから僕がお父さんと呼ぶのは、その筋合いがあるのは、お父さん(森宮壮介)だけです」と言い、結婚を認めることとなる。その後も森宮壮介は素直になれないが、「お父さん」と呼ばれて”本当の家族”を感じたのではないだろうか。どんなに喧嘩していても、会話が少なくても、すれ違っていても、お互いに血がつながっていないことを知った上で「お父さん」と呼ぶこと・呼ばれることは、それだけで家族を感じることができる。親としてはそれだけで十分なのである。優子は最後まで森宮壮介をお父さんとは呼ばず「どんな呼び名も森宮さんを超えられないよ」と言って幸福感に包まれるが、森宮壮介を「お父さん」と呼んでこそ本当の家族になれたのではないかと思えてならない。

本中には優子の高校生活をベースに話が展開する。友人や部活動などを通じて心境の変化や家族の在り方について描かれている。どこかドライな優子であるが、家族とのやり取りはホットすることも多く、また改めて再読しようと思う。


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