本のある生活~良書との出会い~: 「書評」奇跡のリンゴ/石川拓治

2020年11月15日日曜日

「書評」奇跡のリンゴ/石川拓治

奇跡のリンゴ

[書籍]奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録

[著者]石川拓治

[発行]幻冬舎文庫(2011年4月15日)

主人公である木村秋則氏は周囲から「カマドケシ」と言われていた。それは、生活の中心である竈を消すことは、家族を路頭に迷わせるという悪口だった。自分の信じた道をとことん突き詰める困難と諦めない強い意志、そして成功するという信念の物語である。

有機栽培や無農薬栽培が注目されているとはいえ、それは一部の取組みである。現代農業は収穫量や高品質な野菜・果物を育てるには農薬がなければ成り立たない。中でもリンゴは品種改良との引き換えに農薬に依存した果物であり無農薬栽培は不可能というのが常識であった。そんな木村氏が無農薬栽培に成功した後に語った言葉が印象的だった。

「ひとつのことに狂えば、いつか必ず答えに巡り合うことができる」

誰しも熱中することがあるだろう。しかし”狂うほど”熱中したことはあるだろうか。いろいろなことを犠牲にしてまでやり抜いたことがあるだろうか。自身を振り返っても、そこまでの経験はないし、できる自信も勇気もない。木村氏の言葉を言い換えれば、”熱中しなければ、答えに巡り合ったときの達成感・充実感”も感じることはできないのだ。 

木村氏は基本的に理系の人である。子供の時から機械いじりが好きで、その物を使うよりも、その機械がなぜ動くのか、どういう仕組みになっているのかに興味があった。その好奇心が様々なトラブルを生むことになるが、本人は気にしていない。木村氏にとって機械はあくまで”道具”である。しかし世の中の流れを見ていろいろな思いがあったようだ。

「機械によって、やがて人間が使われるようになると思った。コンピューターと同じで、他から与えられたものしか利用できない人が増えてしまった。自分の頭で考えようとしない」

たしかに技術の進歩によって便利になった。道具を使いこなせることも一つの技術だろう。しかし、答えを探しているだけで、答えを考えていないのではないか。何事も答えが一つとは限らない。いろんな答えを導き出す中で、コミュニケーションや人間関係が築かれ、新たな発想につながるのだと思う。

一度は神奈川の会社に就職するが、家庭の事情により青森で農業をすることとなる。そこで結婚し大型農機具を使った農業を行っている。もちろん農薬も使っていた。そんな中、無農薬栽培の本と出合う。奥さんが農薬に過敏な体質だったこともあり、リンゴ無農薬栽培に取り組むこととなるが、これを「地獄への道を駆け足した」と語っている。一家は極貧生活を余儀なくされ、3人の娘たちにも辛く当たることもあったという。しかし、子供たちは父親が無農薬栽培を続けてほしいと願っており、家族で同じ夢の実現に向かっているのである。親としては家族に不便な生活をさせていることに葛藤があっただろう。それでも家族がバラバラにならなかったのは、父の背中を家族が見ていたからだと思う。生活の全てをかけて没頭し、あらゆる手段で取り組む姿を見て、成功してほしい、成功するはずだ、協力しようという一体感が生まれたのではないか。木村氏のケースは極端ではあるが一つの教育の姿ではないだろうか。

何をやってもうまくいかず、思いつめた木村氏は死を選択する。ロープを持って山深く死に場所を探しているとき、運命の発見をする。山中に生き生きと育つドングリの木を見つけ、自分が本当にやるべきことは、”リンゴの木に自然を取り戻してやること”と確信する。この時の状況を木村氏と著者は以下のように振り返っている。

「真に新しい何かに挑むとき、最大の壁になるのはしばしばその経験や知識なのだ」
「目に見える部分ばかりに気を取られて、目に見えないものを見る努力を忘れていた」

何かに取り組むとき、これまでの経験則で進めることが多いだろう。それが楽だし前例があるから進めやすい。過去の実績という一つの根拠もある。経験や実績は大切なことであるし、本人の財産である。しかし”それだけ”では信頼されないし成長にもつながらない。なにより周りが迷惑である。急激な世の中の変化に対応するためには、常に自身を振り返りアップデートした知識に裏図けられた柔軟な行動が必要ではないだろうか。新しい物や事、色々な人に積極的に関わることで、これまで気づかなかったことも発見できるのではないだろうか。

その後、土壌の改善に取り組み、9年目にしてようやく出荷できる程に収穫することができた。しかし、それが売れるとは限らない。味は良くても、見た目も大きさも一般のリンゴより悪いのであるから、なかなか収益につながらないが、徐々にリピーターが増え、最終的にはその農法を国内のみならず、海外でも教えるようになる。木村氏の生き方は自分の信じた道をひたむきに突き進んだ印象もあるが、実はそうではない。何度も悩み、周囲からも批判され、信じた道が間違いだったのではないか、続けることで周囲や家族に迷惑をかけているなど、常に葛藤があった。それでも続けてこれたのは、間違っていないという信念と、何より家族や信じてくれる人がいたからである。木村氏はリンゴ無農薬栽培を通じて「自然界の減少はひとつの原因から生じるわけではない。その裏側には無数の原因が隠されている。小さな波が重なって大波になるように、その無数の小さな変化は重なり合って、時に思いもよらない大きな変化を引き起こす」とある。これは自然界に限らず、人間関係にも当てはまる。始めはうまくいかなくても、継続し、改善し、結果を出すことで徐々に周囲に認められ、信用を勝ち取るのである。木村氏も、常に自然環境に併せて日々改善を行い、毎年の安定した収穫ができるようになっている。本書を読んで、木村氏の人間性はもとより、続けることの厳しさと重要性を改めて考えさせられた。そして行動によって周りを変えられることを実践した木村氏に感動した本であった。継続は力なり!


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